「メリルアンジェ姫。」
「まあ、サーフュール殿。」
マリアーデたちとともに孤児院に来たメリルアンジェはそこに居合せたサーフュールに微笑みかけました。
サーフュールとメリルアンジェが最初に言葉を交わしてから2年近くが過ぎる頃には、ふたりは互いを名で呼び合うようになっていました。
あのとき以来、彼は兵営の仕事が非番になるとは市井での神殿の仕事を手伝うようになっていたのです。
「ちょうど非番だったのでお手伝いに来ました。」
「いつも助かりますわ。
では、この荷車の積荷をおろすお手伝いをお願いできるかしら?
子供たちに新しい毛布を持ってきましたの。」
サーフュールは姫君に微笑みかけると、馬車の積荷を固定している紐をほどいている2名の神官とともに、姫に頼まれた仕事にとりかかりました。
「あの方、このところよく居合わせますね。」
「きっとディレイの神殿の活動に興味を持ってくださっているね。
奉仕に協力してくださるお医者様の存在はこのような地区の皆様にとっては本当に有難いことですもの…
市民の皆様もきっと喜んでいるわ。」
「さあ。わたしはそれだけではないと思いますけど。」
「…?」
メリルアンジェはきょとんとした瞳を隣にいるマリアーデに向けました。
「あ!お姫様!」
建物に入った聖職者の一団に最初に気づいた子供がメリルンジェの姿を見つけました。
なんらかの事情で親や帰る家を失った子供たちを引き取って育てている施設もまた神殿が中心になって運営しているので、聖職者たちもよくこのような施設を訪れるのです。
そうした訪問にメリルアンジェの姿がまじっていることも珍しくはないので、施設で育っている子供たちは姫の素顔を知っているのです。
「こんにちわ、神官さま。」
「こんにちわ!」
広い部屋にいる子供たちが聖職者たちのもとに集まってきます。
「今日は何を持って来たの?」
「新しい毛布と冬のお洋服よ。
毛布は今収納庫に運んでいるから、季節が変わったらすぐにも使えるわよ。」
マリアーデがにこやかに答えます。
「神官さま方、姫君、いつもお心遣いを有難うございます。
ほら、あなたたち、静かになさい。
神官の皆様が面食らっていますよ。」
ひとりの女性が訪問者の周囲に集まっている子供たちをなだめようとします。彼女は神殿からこの孤児院を任されているのです。
「院長先生、冬の洋服が来たよ!」
「あ。院長先生。」
「神官さまがたにちゃんと挨拶した?」
子供たちは異口同音で訪問者への挨拶をしたことを孤児院の院長をやっている女性に告げます。
「皆、元気ないい子たちですわ。」
メリルアンジェはドレスのスカートにまつわりついている幼い女の子の頭をなでながら院長に微笑みかけました。
「おそれいります。
毛布の方は他の職員が神官様がたや軍医の方と一緒に収納庫の方に運んでいます。
あの銀髪の軍医の方は最近時々ここにも来られますね。」
「非番の時間を使って奉仕の協力をしてくださっているのですよ。
彼にはわたしたちも助けられていますわ。」
「きいたところではあの軍医の方はアーライのご出身だそうですね。
美しい芸術に触れて育った人は綺麗な心のままで成人するというのは真実なのですね…。」
「わたしもそう思いますわ。」
「マリアーデさま、今日はお話してくれないの?」
別の子供がマリアーデに声をかけました。
神官たちはこうした施設を訪れる折には古い伝承や神話などを子供たちに話すようにもしているのです。
神官たちの語る物語の多くは神殿内に伝えられている、礼拝時にも引用されることがあるものなのですが、これらも施設で育っているつ子供たちにとっては娯楽のひとつなのです。
「お姫様もおいでよ。」
「ええ。ちょっと待ってね。
院長様、また後ほど執務室の方にお伺いがいしますわ。」
再度子供たちに囲まれた女神官と姫君は大人数でゆっくりと集うことのできる場所に移動しました。
一行が孤児院の訪問を終える頃には太陽は西に傾きかけていました。
シャイアの件について院長と話し合う必要もあったからか、今日は思いのほか長居をしてしまったようです。
「マリアーデ女神官、今日は神殿に寄らずに屋敷に戻らなければならないの。
これを戻しておいてくださるかしら?」
メリルアンジェはヴェールをマリーディアに渡しました。ヴェールが姫君のに髪から離れると、やわらかに波打つ白金色の髪が夕方の太陽の光に淡く映えます。
「そういうことでしたら我々もクローナ邸をまわって神殿に戻りましょう。
お乗りください。」
男性の神官が、既に数名の女神官とサーフュールが乗っている馬車にメリルアンジェも乗ることを勧めます。
馬車といっても今日毛布を運んできたものなのですが、ここから歩いてクローナ邸に戻ることを考えればはるかに理にかなっています。
とはいえ、多くのセライアであれば、このような馬車に乗ることを勧められれば憤慨することでしょう。
「お言葉に甘えますわ。」
メリルアンジェはドレスをかばいながら馬車に乗りました。
孤児院の人々が見送るなか、御者台にいる神官は全員が馬車乗ったことを確認すると、クローナ邸に向けて馬車を出しました。
「どうぞ、姫君。」
神殿の馬車がクローナ邸宅の前で止まると、サーフュールが馬車から降りてメリルアンジェの下車に手を貸します。
「サーフュール殿、有難うございます。」
姫君は銀髪の医師の手を借りて地面に降りました。
「皆様、今日はおつかれさまでした。
ラセリオン神官、神官長にもよろしくお伝えくださいね。」
メリルアンジェは御者台で馬を操っている神官に声をかけました。
「サーフュール殿、おつかれさまでした。
今から兵営の方にお戻りになるのですね。」
神殿の馬車が行ってしまった頃、メリルアンジェはサーフュールに話しかけました。
「いえ…その…」
「…?」
「実は本日はわたしもここに呼ばれている次第で―」
アーライ人医師も首をかしげながら姫君の問いに答えています。
神殿の馬車が彼をここに置いて去ったということは、神官たちは今日サーフュールがアルヴェインに呼ばれていることをあらかじめ知っていたのですが、どうやら彼にも今日ここに呼ばれた理由の詳細は知らされてはいないようです。
「お医者様を呼ぶなんて…
わたしが出ている間に何かあったのかしら?」
「いえ、先輩には何か人事方面のことと伺いましたが…わたしにも詳しいことはわからないのです。」
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