幼い頃の愛称「ライシャ」と名乗るようになったライシェリーゼは屋敷を出奔してからずっと、ライディストの一員としてロイや皆と行動をともにしていました。
勿論、これはヴェストゥールでは異例のことであるのは言うまでもありません。
ヴェストゥールでは、女性は家屋敷の奥で慎ましく生活することが当然のこととされているのです。これはロイのような旅商人においても例外ではありませんでした。現に、ライディストの構成員のなかにも妻や子がいる者もいるのですが、その者たちも妻子を街にある自分の家に置いて旅をしているのです。
「ロイ、今度はどの街からまわるの?」
「ん…そうだな…
シャレインの金や水晶の受注は―」
「シャレインの金と水晶は竜騎士団やマトゥーラからも受注があるわね。」
ライシャは机の上にあった帳簿の一冊を手にしています。
発注先が記してあるものです。
「―帳簿の扱いも慣れたものだな…」
「あれからもう一年以上になるんですもの。わたしも少しは商隊の一員らしくなったでしょう?」
ライシャは碧の瞳でロイの方を真直に見つめます。
「そうだっな。
そうだ。今度の旅はおまえは来る必要はない。家でゆっくり骨休めでもしていてくれ。」
「…え?」
「聞こえなかったのか?
今度の旅は男だけで行くと言ったんだ。」
ロイは念を押すようにライシャにそう告げました。
「まさか、ロイ…
他の隊みたいに≪封印貴族≫を置くつもりじゃないでしょうね!?」
ライシャはくってかかります。
≪封印貴族≫であったエリーシアの血を引く者としてフェイラム家で過ごしていたライシャは、自分と同じように南方のい≪封印貴族≫の血を継ぐ者がどこでどのような扱いを被っているかを聞き知っているのです。
ライディストのような旅商人が自分の一行にそうした者を入れるということは、単に≪封印貴族≫の者が隊の食事の支度、衣類の洗濯や繕いもの、商品の細工や修繕などといった仕事をを受け持つということだけを意味しているのではありません。
街を通過する際、隊が不意の事態に陷った場合などには≪封印貴族≫として連れている者が保険料や通行料代わりとしてその街に置いて行かれることもあるのです。
そうして置いて行かれた者が帰りに迎えに来てもらえるかといえば、すべてそうなるとは限らないのが常でした…
ライシャの出生の秘密を知るロイは、ライシャが≪封印貴族≫を置くことについて反対する気持ちを察していました。
ゆえにライディストには旅商人としては珍しく、隊員に≪封印貴族≫を置いていないのです。
「それはない。」
「だったら―」
「聞き分けのないことを言うな。
もうおれは寝る。
明日は早いんだ。」
それだけを言うと、議論はこれで終わりだといわんばかりの調子でロイは自分の寝室に引き上げました。
「ロイの莫迦っ!」
ライシャは寝室に向かうロイの足音を聞きながら、彼が出ていった扉に向かって大声でそう言いました。
いつもであればもう暫くもすればロイはライシャのもとに戻ってきて彼女をなだめるような調子で軽く詫びを入れるのですが、今夜はいくら待っても彼は寝室から出てくる気配はありません。
ロイを待つうちに、ライシャの胸の内にはだんだんと不安が広がります。
本当であれば旅商人は女性や子供は自分の家に置いて仕事をするもの…
なのに、ライシャは今まで例外的にライディストの一行にまじり、ロイや皆と一緒に仕事をしていました。それはライシャが男性と同じように仕事をこなすことができて、さらに武器の扱いもひととおり知っているということをロイが正当に評価していた結果だと思っていたのです。
でも、今夜急に「今度の旅は来なくていい」と言ったということは、今まで彼が一緒に旅をするのを許してくれていた本当の理由は、ライシャが隊の一員として欠かすことのできない存在というわけではなく、もしかするとフェイラムからの追っ手から確実にライシャを守るには、彼女を自分のそばに置いておく方が有利だということかもしれないのです。
もうライシャが屋敷を出てから一年以上になります。
これだけ時間が経てばパルムの長も姫の捜索を諦めたとも考えられます。
ロイもそう考えたのかもしれません…
―やはり…
≪封印貴族≫は≪封印貴族≫…
女は女でしかなのね…―
ライシャは溜息をついていました。
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