旅の途中に

 

Act.2.フォーテイル族の飾り帯

 

 この夜、ライディストは宿で夜を明かすことになりました。
 ≪封印貴族≫を母に持つ身であることを気に病むライシャのことを考えて商人宿を使わないようにしているライディストは、街中にいるときでも必ず宿で寝泊りすることが叶うとは限らないのです。
 旅商人であるライディストの立場からすれば、路銀や情報などのことを考えれば商人宿に宿泊する方がはるかに好都合であることはロイにもわかっています。ですが、商人宿を使うことになればいやでも≪封印貴族≫の問題に触れることになるからです。
 ロイはライシャの素姓については隊員たちにも明かしてはいませんが、隊員たちは隊長が他の旅商人の一行のように隊に雑事を行うための≪封印貴族≫の者を置かず、商人宿を使わないようにしているのはロイが≪封印貴族≫という考え方そのものについて好感を持っていないゆえであると解釈していました。
 今夜はきちんとした屋根と寝台がある場所で眠ることができること聞いて一番ほっとしているのはアリステーゼでしょう。
 ディレイの街の街長の姫君として育ったアリステーゼは自分の意志で屋敷を出たという手前上言葉にすることはないのですが、ディレイを出てから何日も経った現在でも、茴香の魔法杖の助けがあっても旅行用の簡易寝台ではうまく寝つけないのです。

 宿の部屋で寝支度をするアリステーゼは金色の髪を簡単にまとめるとそれに被せる保護袋を探します。
 少し離れたテーブルに髪袋があることに気づいたアリステーゼは昼間は髪を結うのに使っていた飾り帯を手にすると、手馴れた調子で目的のものを手元に投げ寄せました。
 「?」
 視線を感じたアリステーゼは気配を探しした。
 姫君の一連の動きを見ていたのは今夜同じ部屋眠る昴と茴香です。
「…何事です?」
「あ…ごめんなさい。
 そういうのは日本では見ないから…つい。」
「うん。それ見るたびに思うんだけどフォーテイル族って器用ね。」
「それって…この帯のこと?」
 アリステーゼは髪袋をとった飾り帯を不思議そうに見ます。
「ええ。」
「そういえば、キョウカさんとスバルさんやレイ殿が帯を使うのは見たことがないわ。
 あなたたちはあえて使わないようにしているの?」
「使わないんじゃなくて使えないのよ。
 日本じゃ…ううん、わたしたちが生まれた世界ではそんなふうに帯一本を自分の腕より自在に使える人なんてどこの国にもいないわよ。」
 茴香も昴の言葉を肯定しています。
「いないって…本当なの?」
 アリステーゼは目を丸くしています。
 それもそうでしょう。
 フォーテイル族の人々が身に着けている飾り帯はただのアクセサリーではないのですから。
 これはフォーテイル族のファッションアイテムのひとつであると同時に、手の届かない場所にある品を取るための道具でもあり、場合によっては武器や護身具などとしても使うこともできる品でもあるのです。
 この帯の使い方はフォーテイル族であれば誰でも子供の頃に会得しているのが当然でした。
 無論ディレイの街長の姫―いわば貴族の姫であるアリステーゼも例外ではありません。
 彼女の場合は乳母サティリエとワナルのセレシィアからこの道具の使い方を習いました…
「―そうだ!
 ねえ、パール、よかったらその使い方、わたしたちにも教えてくれない?」
「それは構わないけれど、わたしが実践として知っているのは女性用の帯の使い方だけなのよ。それでもいいかしら?」
 アリステーゼは昴の姿を見ます。
 昴はライディストと行動をともにするようになってからは女性用の長衣を脱いで少年が着る服を着ているのです。女性用と男性用では服の形が違うように、飾り帯の材質や形も微妙に異なっているのです。
「…結局原理は同じ帯なんだからそんなのは大した問題じゃない―と思うわ。
 それにここいる以上茴香もおぼえておいたほうがいいしね。
 いつでも何でも魔法で解決できるとは限らないもんね。」
「わかったわ。
 でもそうね…
 不慣れなうちは屋外で練習するほうがいいからここでは無理ね。」
「?」
「?」
 茴香と昴はきょとんとしています。
「確かにこの帯が使えなかったら不便で仕方がないでしょうけれど、これは武器としての使用の訓練を経た人でなければ繁華街のような場所では使ってはいけないという暗黙の決まりがあるような道具なのよ。
 そのような品ですもの。扱いに慣れないうちはもっと大変なことになるわよ。」
 茴香は周囲を見回してアリステーゼの言葉を納得しました。
 今いる部屋のような場所で、投げ縄のような道具を扱った経験のない昴と茴香が使い方もわからずに長い飾り帯を振り回せば室内がどのような惨事に陷ってしまうかは明白です。
「昼間は屋外だから、練習には明日の休憩時間を使いましょう。」
「有り難う!
 おやすみなさい。」
 昴は寝台にもぐりこみました。
「キョウカさん、わたしたちも寝ましょう。
 明日は早いわ。」
 アリステーゼが寝台に入ったのを見た茴香は、キィが座っている寝台の横においてある魔法杖をアリステーゼの寝台の傍に置きました。
 これは夜営のときにいつも行っていることなので既に習慣になっています。
 ひととおりのことを終えて寝台に入った茴香はさっき昴が言っていた言葉を反芻していました。
―ここいる以上茴香もおぼえておいたほうがいい―
 それは一時的にここにいる以上という意味でしょうか?
 それとも茴香がいずれは本当の意味でヴェストール人になるであろうという意味なのでしょうか?

 これから自分はどうなってゆくのか―

 アリステーゼやロイから習う魔法の基礎やヴェストゥールに暮らすための知識を消化することや、ライディストの一員としての仕事をこなすことから解放されてぽっかりと空いた時間のなかにひとりでいると、どうしても考えがそちらに向かってしまいます。

 

 

 

 

Act3. 〜対抗意識〜
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