旅の途中に

 

Act.1.手合わせ

 

 ほどなく臨時のキッチンの方からいい香りが漂い始めます。
 ライシャはクリスナウルにカリッツァと玲を呼びに行くように言いました。

 カリッツァと玲は女性たちが食事の仕度をしている場から少し離れた場所で武器の手合わせを行っていました。
 ふたりが練習に使っているのは真剣ではないのですが、万一どちらかの手元が狂った場合に周囲に害を及ぼすことのないようにとの配慮からです。
 クリスナウルの耳はすぐに二本の模造刀のぶつかる音をとらえました。
「レイ。
 及び腰になるな。」
 レイはカリッツァに挑もうとしますが、元竜騎士はなかなかその機会を与えてはくれません。
 そのもう一歩を出す隙もつかめません。
「カリッツァさん、レイお兄ちゃん、お昼ができたよ。」
 クリスナウルの声に気づいた玲はほんの一瞬、目の前のカリッツァから意識を離しました。
「―!」
 カリッツァの剣が玲の武器を激しい勢いではねとばしたのはそのときです。
 玲の手を離れた剣はクリスナウルがいる場所とは反対方向に飛びました。
 さっきまで玲の手の中にあった剣は宙を舞い、後方の大地に刺さって動きを止めます。
「隙を作るな。
 これがもしも敵陣であればどうなっていた?
 レイ、怪我はないか?」
 カリッツァは玲の利き手注意を向けました。さっきの一撃でまだ少々腕がしびれてはいるようですが、幸い腕には支障はなさそうです。
「…大丈夫だ。」
「そのようだな。
 クリス、皆にはすぐに行くと伝えてくれ。」
「わかった。」
 クリスナウルはふたりをそのままにしてこの場を去りました。
 クリスナウルの姿が見えなくなると赤い髪の元竜騎士は無言で玲の背後を示します。
 彼の指さす先にあるのはさっきはねとばした玲の練習用の剣です。
「手が無事なら自分の武器を取って来るんだ。
 皆をあまり待たせるなよ。」
 カリッツァの言葉を聞いて彼が一体なにを示していたかを解した玲は地面に突き刺さっている剣の方に向かいました。
 玲は剣の柄とりました。剣は柄を握ったときには簡単に抜けるようにも思えましたが、刃先がしっかり大地にめりこんでいるためか、いざ地面から引き抜きにかかろうとするとなかなか思うように動いてくれません。
 右手にはまだカリッツァから受けた一撃の名残があるので腕の力もあまりあてにはなりません。
 しかし現在の稽古に一段落をつけたければ何としても剣を地面から引き抜かなければならないのです。
―右は使い物にならないな。
 左だけでうまく抜けるか?―
 玲は訝しみながらも左手に力を入れました。
 利き腕でない手を使うのは慣れてはいませんが、今はそうしたことを言っている場合ではありません。
―あと5分続けていればああなっていたのはおれの剣だったかもしれないな。
 この若者に魔力があれば戦闘魔法の方も教えてみたいものだが…
 スバルが乙女であることといい、レイに魔力がないことといい、運命の采配というものは皮肉というより他ならないな―
 利き腕でない方の手に力を入れて半分地面に埋まった剣と格闘している玲を見ながら、カリッツァは声に出さずに呟いていました。

 地面に深くめりこんだ剣は玲の左手の力だけではやはりどうすることもできなかったので最終的にはカリッツァが力を貸すことになったのですが。

 結局カリッツァと玲が食卓に姿を見せたのはそれから一時間近くが経過してのことでした。
 ライシャと茴香はふたりを待つ間にすっかり冷めてしまった食事を温め直し、アリステーが温まった料理を食器に盛りつけます。
 昴は玲の前に持ってきたポットを置きました。
「…!」
「玲、おつかれさま。
 手、どうかしたの?」
 昴はすぐに玲が右手首をかばっているの気づきました。
「昴か。なんでもないよ。すぐに治るさ。
 でもあのカリッツァ氏はやっぱりすごいよ。
 練習用の刃のない剣でもこれなんだからな…
 あれが真剣だったらぼくの手は今ごろどうなっていたか。」
「レイ、さっきの稽古か?」
「ああ。
 おまえも聞くか?」
 玲はイレアンと昴を前にしてさっきの手合わせの様子を語ります。
「軽く弾いただけかと思いきや、あのめりこみようだもんな…」
「カリッツァ―殿はそれでも手加減しているんだろう?」
 イレアンカリッツァへの名に敬称をつける際にほんの少しの間を置きました。
 カリッツァに個人的な恨みを持っているのではないのですが、故郷ナーレィで貴族の気まぐれによって幼い妹レインを失うということを経験しているイレアンにとっては、貴族や魔法使い竜騎士などの特殊職にあることを示す名に対して好意を持っていないのです。そのためか、以前は竜騎士であったカリッツァだけでなく、一緒に旅をする仲間であるディレイの街長の姫アリステーゼや、女魔法使いになる前はおそらく副長の家系の姫であったと推測している茴香に対してもどこかよそよそしい態度をとっているのでした。
 彼が玲と昴に対しては友人のように接しているのは、ふたりは確かに茴香の友人であっても生まれ持った身分までが茴香と同じであると考えていないからでしょう。
「そのようだな。
 そうじゃなかったら今頃右手が折れてるよ。」
 玲は右手首を軽く動かしてみせました。
「…」
 最初のうちは昴もイレアンと一緒に玲の話を興味深く聞いていましたが、そのうちにひとつのことに気づいて黙って3人の女性の手伝いに戻りました。

 

 

Act2. 〜フォーテイル族の飾り帯〜
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